先日、涅槃図の修復をお願いしている(有)京都佛画研究所へ伺い、大里宗之さん・道子さんご夫妻に作業の様子を見せていただきました。
掛け軸の修復はおおまかに
掛け軸の解体(剥落止め、裏打ち紙剥がしなど)
作品の修復(染み抜き、色の欠損部分の塗り直し、横折れ部分の補強)
再び掛け軸の状態に表装(裏打ち紙の貼り直し、表装裂や軸の取り付けなど)
の3つの工程で行います。
掛け軸の解体
掛け軸は、「本紙」と呼ぶ作品本体に様々な表装材が貼られ補強されていますが、絵自体の補修を行う前に、まずはこれらの表装材を全て剥がし、本紙のみの状態にする必要があるそうです。
現在はこの作業のうち、本紙から裏打ち紙を剥がすための前処理を進めてくださっている途中でした。
具体的には、本紙から裏打ち紙を剥がし取る際に、色が落ちないようにする際の「剥落止め」の作業です。
本紙から裏打ち紙を剥がすには、紙に水分を含ませて糊をふやかす必要があるのですが、その水分で作品の彩色が滲んだり落ちてしまうことがあります。
それを防ぐために、特殊な液体を彩色部分に塗布することで、水分を含ませても色落ちしないようにできるのだそうです。
色の塗られている部分全てに剥落止めを施すのではなく、落ちそうな絵具が塗られているところを見極めて手作業で行っていきます。
この作業、剥落止めがすぐに乾いてしまうと良くないそうで、暖房のついていない部屋で作業されていました。寒さもかなり増しているこの時期、作品の保全優先で作業をされる姿勢に頭が下がります。
作品の修復
裏打ち紙まで全て剥がした後は、いよいよ本体の補修になります。
涅槃図には、巻き直しを繰り返すうちに発生した絵具の剥落や、水分が浸みたことによるカビも随所に発生していました。
なかには、絵具にカビが被ってしまっている部分もあります。
こういった部分も、大里さんが独自に編み出した「移染(いせん)抜き」という技法を用いることで、元の絵具を落とすことなく、カビやシミだけを除去することができるそうです。
大里さんは「極力、元々の絵具をそのまま残してこその“修復”」というお考えをお持ちで、その信念を突き詰めた結果としてこの技法に辿り着いたのだと思います。
大里さんご自身もプロの日本画家で、新しい作品も多く描かれている方ではありますが、「その作品が作られた当時のままで残す」 という、作品と作者に対する敬意を強くお持ちなように感じられました。
カビやシミの除去を終えた後は、絵の具が落ちてしまっている部分の塗り直しを行います。
巻き直しをするうちに紙同士が擦れて絵の具が落ちてしまった部分などを、できるだけ元の色に忠実に、塗り直してくださいます。
塗り直しを終えた後は、「横折れ」の補強を行います。
本昌寺の涅槃図には箱がなく、巻く為の芯も無かったため横方向の折れ線が入っている箇所がいくつかあります。
放っておくと破れや絵の具の再剥離を起こす可能性があるため、裏から細長い和紙を貼りつけることで補強を行います。
また、今回のクラウドファンディングでは大変多くの方から寄付をいただけたため、涅槃図を保管するための芯と箱も誂えることができました。これによって、今後は横折れが起きにくくなると思います。
再び掛け軸に表装
作品本体の補修が終わったら、いよいよ掛け軸に仕立て直す作業に入ります。
今回の修復では、絵自体だけでなく表装材も全て交換をしていただきます。
作品の魅力を引き立てる役目も果たす「表装裂(ひょうそうぎれ)」と呼ばれる布地選びも大里さんにお任せしているのですが、法華経ともご縁の深い龍が金糸で織られた布を選んでくださっていました。
また、大里さんによると、約150年前に行った修復では、一般的な掛け軸の補修のセオリーに則った修復方法“ではない” やり方で補修が行われていた形跡があるとのこと(詳しく伺うのを失念しましたが)。
今回の修復では、改めてセオリーどおりの修復を行うことで、将来的に再修復が必要になった際にも安全に修復作業が行えるようにしてくださるそうです。
作業を拝見して
掛け軸の修復作業には、全体をとおして非常に繊細な作業であるのはもちろん、「下準備に非常に時間と手間をかけている」という印象を受けました。
150年以上前に描かれた涅槃図をそのままの姿で後世に受け継いでいくため、現代のもので塗り替えるのではなく、元の素材をできるだけ残す。それにどれだけの知見と技術が費やされているのかを改めて思わされます。
大里さんは仏画・肖像画を、奥様の道子さんは切金や刺繍絵画の技術をお持ちで、それらを用いた創作や修復にとても誇りをお持ちであることが、話の端々から感じられました。
お忙しい作業の合間にお付き合いいただき、本当に感謝いたします。
また住職が修行から帰って来たら一緒に行きたいと思っています。
2025年12月19日(金)